2004年07月29日

トーク@

新選組と会津

二人の演じる山南・藤堂は会津に来ることはなかったが、それぞれにとって会津藩がどう関わったのかという話。

≪会津と山南≫
堺さんは前日から会津入りして色々と史跡を巡っていたそうです。

学芸員さんと一緒に巡るという経験が初めてだったので、おもしろかったですね

山南にとっての会津藩とはという質問に、「適切ではないかも知れませんが」という前置きをしてから、幕末の京都を今のイラクに例えて説明。

新選組はいわばNGO。情勢の不安定な地域で活動する上で、孤立してしまわないためにも、影響力のある国家を後ろ盾とすることがやはり必要。山南にとっての会津とは、その後ろ盾だった

その辺の心情が、池田屋事件を前に声を荒げる場面にも関わっているとのことです。

≪会津と藤堂≫
勘太郎さんは当日に会津入りして、すぐに、『白虎号』という特急に乗るというお仕事をされたそうです。

「藤堂平助にとって会津藩がどういう存在であったか」については、山南さんのようにドラマ中ではっきりと関係性が描かれているわけではないので、質問する方もされる方も苦心されていました。
後に参加する高台寺党をつくる際に会津藩が繋ぎ役になったということで、「まったく関係がなかったというわけではなかったんですね?」と司会のお姉さんも一安心。
posted by ベス at 13:12| ☔| Comment(0) | 会津若松の旅(2004/7/28) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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